専修大学著名な卒業生30選|まさかのあの有名人も?

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専修大学の著名な卒業生は?

専修大学は偏差値50程度の中堅私立大学です。

日本大学、駒沢大学、東洋大学と合わせて日東駒専と呼ばれています。

今回は、専修大学の著名な卒業生の中でも誰でも知っているような有名人を紹介させていただきます。

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目次

専修大学の著名な卒業生は芸能界で誰?

大沢 たかお(おおさわ たかお) 専修大学経済学部卒業

俳優。高校生の頃はバンドを組んでいてベースを担当。

専修大学在学中にスカウトされ、それがきっかけでモデル活動を開始して、『MEN’S NON-NO』を始めとするファッション誌やパリ・コレクションでも活躍します。

後に俳優へ転向し、映画やドラマなどで活躍することに。

2005年、『解夏』で第28回日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞。

スティーヴン・セガール主演の映画『イントゥ・ザ・サン』の黒田役にてハリウッドデビューを果たします。

2009年には『JIN-仁-』で8年ぶりに連続ドラマに出演。

このドラマで、翌年2010年に第18回橋田賞を受賞。

自身と作品とのダブル受賞となります。

そして、2011年には続編が放送されて、1作目、2作目両作ともその当時のドラマ史上ではまれに見る最高視聴率25%を超える高視聴率を記録します。

仲村 トオル(なかむら とおる) 専修大学文学部卒業

俳優である彼は、専修大学松戸高等学校を経て専修大学文学部に進学し、在学中に映画ビー・バップ・ハイスクールの主演オーディションに合格し芸能界にデビューしました。

デビュー後は多数の映画やドラマ、CMなどに出演しており、1987年には第10回日本アカデミー賞新人賞を受賞しています。

なお、本人は歌がニガテと話しているようですが、「It’s All Right」という曲でソロデビューも果たしています。

永島 敏行(ながしま としゆき) 専修大学文学部人文学科卒業

高校野球の選手であった彼は、その経歴を買われて1977年映画ドカベンで俳優としてデビューしました。

映画やドラマ、舞台などでも活躍しており、 ゴールデン・アロー賞などを受賞したこともあります。

1993年に秋田県で初めて米作りを体験して以降、農業コンサルタントとしても活動するようになり、農産物や水産物の販売なども行っています。

2013年には秋田県立大学の客員教授に就任し、農業の魅力を教えるようにもなりました。

原 一平(はら いっぺい) 専修大学経済学部卒業

ものまねタレントである彼は北海道の高校を卒業後、専修大学経済学部に入学します。

卒業後は河合楽器製作所の全国売上ナンバー1などと言われましたが、芸能界に入ることを選び、渥美清のものまねなどを始めました。

その後は渥美清公認の寅さんとなり、寄席やテレビ、ラジオ、映画などへの出演も果たします。

東京演芸協会ものまねタレントのユニットものまねキングスを結成し、まとめ役としても活躍しました。

2014年12月4日に76歳で亡くなりました。

岡田 佑里恵(おかだ ゆりえ) 専修大学経済学部経済学科卒業

タレントやモデルとしても活動している彼女は、専修大学経済学部経済学科を卒業しています。

テレビ番組やラジオ番組、CMなど幅広いメディアに多数出演しており、2010年には写真集も出版しています。

なお、2009年4月から2010年3月の間にフジテレビで深夜放送していたバラエティ番組「キャンパスナイトフジ」から誕生したキャンパスナイターズのメンバーとして、CDデビューも果たしています。

加藤ローサ(かとうろーさ) 専修大学経済学部

横浜生まれのモデル、タレント、女優。

夫はプロサッカー選手の松井大輔です。

日本人の母親とイタリア人の父親を持ち、6歳までイタリアのナポリに住んでいました。

高校生の頃ファッションモデルとしてデビューし、2004年に出演したゼクシィのCMで知名度が一気に上がりました。

その後は映画、ドラマに出演しましたが、2011年の結婚、妊娠・出産を機に芸能活動を一時休止。

しかし2014年に雑誌の紙面に載ると活動再開の意向を発表しました。

現在はCM出演をメインに活動しています。

なすび 専修大学法学部卒業

在学中に「進ぬ!電波少年」の懸賞金生活の企画に参加し、裸一貫からの懸賞生活をテレビで放映されたことから一躍有名になりました。

「電波少年」出演後は、地元の福島のローカルタレントとして活動しつつ、2002年には劇団「なす我儘(がまま)」を設立し、座長を務め、舞台俳優として活躍しました。

2013年の東日本大震災で被災した福島の復興祈願のため、エベレスト登頂を目指します。三度にわたるアクシデントに見舞われつつ、2016年に四度目の挑戦にして遂に登頂を果たしました。

本名は『浜津智明 はまつともあき』

芸名は本名は全く関係なく、茄子のような長い顔から由来されている。

過去には本名で覇王樹(さぼてん)でコンビを組んでいた。

小堺一機(こさかいかずき) 専修大学経営学部卒業

専修大学在学中の1977年にテレビ番組の素人コメディアンコンテストに参加して優勝し、芸能界入りをします。

卒業してから同じプロダクションの先輩でもあり親友である関根勤とコンビを組み、萩本欣一の「欽ちゃんのどこまでやるの!?」のクロ子とグレ子で人気を得ます。

その活躍を認められ、フジテレビの番組「ライオンのいただきます」の司会者となり、後続番組の「ライオンのごきげんよう」を含めると2016年終了するまでの32年間お昼の顔として活躍しました。

ワッキー(ペナルティ) 専修大学経済学部

有名コメディアン「ペナルティ」のボケ担当であるワッキー。

本名は脇田 寧人(わきた やすひと)。

よしもとクリエイティブ・エージェンシー東京に所属しており、相方であるヒデも学部は違うも同大学を卒業している。

2012年には、40歳で参加したNHK番組での「サハラ砂漠レース」で、7日間に及び約250kmもの距離を完走している。

また、想いを寄せた女性を追いかけタイへ飛び、タイ語もマスターするなど、さまざまな才能に秀でている。

上田まりえ(うえだまりえ) 専修大学文学部

現在はフリーアナウンサー、マルチタレントとして活動していますが、元は日本テレビのアナウンサーでした。

小学・高校時代は放送部に所属し、アナウンサーへの夢を持ちます。

中学時代に見た試合で野球好きになり、現在も熱狂的な野球ファンとして有名です。

幼い頃からピアノを習い、絶対音感を持ちコンクール入賞などを経験したことから音大へ進む道も考えていたそうです。

大学時代、アナウンサー養成講座「アナウンサーへの道」を受講し、同講座初のアナウンサーとなり活躍しています。

野村 祐希(のむら ゆうき) 専修大学商学部

俳優。

特技は小学校1年生から始めたサッカーで、大学を卒業するまでの約16年間続けていました。

ポジションはディフェンダーでキャプテンも務めてました。

今現在、テレビで大活躍中である女優の土屋太鳳さんとは幼少期からの幼馴染です。

そして土屋さんとは2017年の日本テレビ系列で放送された番組で初共演をしました。

兄も父も有名人であり最近ではあるニューハーフタレントの方との真剣交際が発覚しテレビやネットでは話題になりました。

若林豪(わかばやし ごう) 専修大学経済学部卒業

1966年に劇団新国劇で舞台俳優としてデビュー。

1977年に人気テレビドラマ「Gメン」シリーズにレギュラー出演し、一躍有名になりました。

山村美沙の原作を映像化したサスペンスドラマシリーズ「赤い霊柩車」などでは、警察官として殆どの作品に登場しており、当たり役となりました。

1990年代にはテレビショッピング番組の司会を務め、2008年に慢性硬膜下血種のため手術を受けましたが、現在は仕事に復帰して、たくさんのドラマやバラエティ等で活躍しています。

モロ師岡(もろもろおか) 専修大学商学部卒業

俳優およびコメディアン。

専修大学商学部在学中に劇団「現代」に入団。

劇団員として活動する傍ら、六本木のショーパブや新宿のストリップ劇場などでコントをしていた。

その後、本格的にコメディアンとしてデビュー。

1995年『紅~BENI~』で映画初出演。

1996年には北野武監督映画『キッズ・リターン』で、未来ある若手に悪い遊びを教えて堕落させてゆく「中年ボクサー役」を好演し、東京スポーツ映画大賞助演男優賞を受賞。

その後も名脇役として多くのドラマや映画に出演。

抜群の演技力から、主役ならずとも存在感があり、名前は知らなくても顔を見れば分かるという人も多いほど。

記憶に新しい出演作品は、「Missデビル 人事の悪魔・椿眞子」「シグナル長期未解決事件捜査班」「逃げるが恥だが役に立つ」など。

最近では、浅草の東洋館を中心に一人芝居なども行なっている。

専修学校の著名な卒業生で文化人は誰?

上原 敏 (うえはら びん) 専修大学商学部卒業

「妻恋道中」や「裏町人生」等のヒット曲を持っています。

戦前の流行歌手です。

大館中学(現、秋田県立大館鳳鳴高等学校)在学中からバイオリンに熱中し、音楽の素養を身に付けました。

大学時代は野球を楽しみ、大学リーグで選手として出場しています。

卒業後サラリーマンとして社会人となりましたが、社会人野球でレコード会社のポリドールと対戦した事が縁でデビュー。

スター歌手としてヒット曲を出し続けましたが、召集、戦地へ。

1994年7月、ニューギニアにて戦死しました。

荒木 哲郎(あらき てつろう) 専修大学文学部卒

埼玉県出身のアニメーション演出家であり監督やアニメーターでもある。

専修大学文学部卒業後に入社したマッドハウスでは、なんと2年目にして演出家デビューをした。

2013年から監督をつとめている進撃の巨人や同じく2016年から監督している甲鉄城のカバネリなどは大ヒットし、映画化も続編となっている。

演出や監督だけでなくイラストにおいても才能を持っており、日本のアニメーション界において欠かせない人物とも言える。

雫井 脩介(しずくい しゅうすけ) 専修大学文学部卒業

小説家。ミステリ、警察物、恋愛物まで幅広いジャンルを描きます。

大学卒業後は出版社など企業に勤めた後「栄光一途」という作品でデビュー、その後推理小説を主に発表しました。

2004年の「犯人に告ぐ」が評判となり、このミスなどでも賞をとり映画化もされ、その名が世間に知られることになりました。

最近では「検察側の証人」がキムタク主演で映画化され話題になっています。

他にも「火の粉」「クローズドノート」などジャンルの幅を広げて作品を多く
出しています。

水沢 里美(みずさわ りみ) 専修大学ネットワーク情報学部卒業

1990年代から200年代はじめにかけて活躍したWhiteberryというガールズバンドのキーボード担当・水沢里美さん。

代表曲は「夏祭り」で、今でも夏になると必ず歌われる聴きたくなる定番曲となっています。

2004年に解散、パソコンが趣味だったことからバンド解散後には専修大学ネットワーク情報学部に進学されました。

解散後は特に音楽活動をされることもなく芸能界引退という形になっているようです。

専修大学の著名な卒業生でスポーツ選手は?

平中秀子(ひらなかひでこ) 専修大学卒業

元競泳選手、オリンピック出場経験があります。

1992年日本選手権水泳競技大会の200m、400m個人メドレーで優勝し、同じ年のバルセロナオリンピック200m個人メドレーでは9位、400m個人メドレーでは5位入賞となりました。

次のアトランタオリンピックにも出場し、400m個人メドレーで13位という結果でした。

シドニーオリンピックの代表選考会では200mで3位、400mで2位と健闘するものの、代表には選出されませんでした。

2001年の9月、現役を引退しています。

黒田博樹 専修大学商学部卒業

元プロ野球選手。

元プロ野球選手の父・黒田一博が監督を務めたボーイズリーグのチーム・オール住之江に所属し、上宮高に進学します。

専修大学へ進学するとチームは4年生春から東都大学1部リーグに昇格し、1996年春の大学野球、神宮球場において、球速150km/hを計測しています。

1部リーグで通算15試合6勝4敗、防御率は3.33でした。

1996年、ドラフト逆指名2位で広島東洋カープに入団しました。

ドジャースと契約し、メジャーにて活躍後、広島カープに戻り、惜しまれつつ引退しました。

その後背番号の15は広島球団3人目の永久欠番となっています。現在は解説者として活躍されています。

秋山 準(あきやま じゅん) 専修大学卒

大阪府和泉市出身で全日本プロレス所属のプロレスラーである。

高校から始めたレスリングではフリースタイル81kg級でインターハイや国体に出場し、専修大学でもレスリング部に所属していた。

ジャイアント馬場氏のスカウトにより全日本プロレスに入団し、1992年にプロレスデビューし2000年7月からはプロレスリング・ノアへと移籍した。

2013年からは再び全日本プロレスへ入団。

1992年~2011年の間に4種ものプロレス大賞を受賞している。

長州 力(ちょうしゅう りき)  専修大学商学部卒

1951年に在日韓国人2世として山口県で生まれ、2016年に帰化している。

柔道部だった中学時代を経て高校ではレスリング部に所属し、3年生の時にはインターハイの73kg級で授準優勝、国体ではフリースタイル75kg級以上で優勝した事で注目され、専修大学商学部に特待生として入学した。

大学3年生の時にはミュンヘンオリンピック韓国レスリング代表として出場した。

その後スカウトにより全日本プロレスに入団し1974年にデビューした。

藤田 寛之(ふじた ひろゆき) 専修大学卒

福岡県出身のプロゴルファー。

高校1年生からゴルフを始め、専修大学時代にプロデビューした。

1997年のサントリーオープンで初優勝し、その後も20回以上優勝し2012年には賞金ランク1位を獲得している。

ゴルフに関連した3本のDVDと6冊の本も出版しており、自身のTV番組や製薬会社と酒造のCMにも出演していたことがある。

赤ワイン好きな自身の夢でもあったという藤田プロオリジナルワインが発売されている。

馳 浩(はせ ひろし) 専修大学文学部国文学科卒業

1984年ロサンゼルスオリンピックレスリング日本代表を経て、新日本プロレスや全日本プロレスなどで大活躍。

2006年に引退した元プロレスラー。

現役時代の得意技は代名詞でもあった「ノーザンライトスープレックス」や「ジャイアントスイング」「逆水平チョップ」「裏投げ」他。現在は自由民主党所属の政治家で、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問会議・顧問などを務めています。

妻はタレントの高見 恭子。

ももいろクローバーZのファンでもあります。

専修大学の著名な卒業生は政治・経済界で誰?

東国原英夫 専修大学経済部経済学科卒業

宮城県都城市出身で元宮城県知事。

ビートたけし率いるたけし軍団で、「そのまんま東」の名でタレントとして活動していましたが、その後本名である東国原英夫名義で政界に入りました。

2006年に地元で事務所を開く際には、支援者らの前で過去に起こした事件や不祥事に対して自ら切り込み、2007年には宮崎県知事に就任。

宮崎県庁の改革に取り組みました。

2011年には宮崎県知事を退任し東京都知事選へ挑むも落選。

2012年から2013年は衆議院議員として国政に関わりました。

現在は政治評論家やタレントとしてテレビで活躍しています。

内山 晃(うちやま あきら) 専修大学商学部卒業

年金の専門家である社会保険労務士で、また国会議員や総務大臣政務官も経験し政治家としても活躍しました。

年金についての博識さは有名で、年金相談を受けた人数はなんと6000名にもなり、各地で講師もしており、マスコミでも年金の知識を活かし活躍しています。

政治家としては2003年に衆議院議員となり、2010年には総務大臣政務官にもなりました。

さらに新党きづなの代表にもなっています。

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