中央大学の著名な卒業生といえば?
中央大学といえばMARCHの一つである誰もが知っている有名大学です。
特に、中央大学法学部は法学部の名門として有名で数多くの有名な弁護士の母校となっています。
他にも誰もが知る俳優や芸能人、スポーツ選手が中央大学を卒業生です。
「え、この人って中央大学出身だったんだ!」
と驚かれる方もたくさんいるでしょう。
今回は、中央大学の著名な卒業生の中で誰でも知っている有名人を厳選して紹介させていただきます。
芸能人の中央大学の著名な卒業生
阿部寛(あべひろし) 中央大学理工学部卒業
高校を卒業後、一浪して中央大学理工学部電気電子情報通信工学科に入学。
1983年の在学中に優勝賞品欲しさに応募した集英社第3回ノンノボーイフレンド大賞で優勝し、メンズノンノのモデルとなりました。
1987年に映画「はいからさんが通る」の伊集院忍役で俳優としてデビューし、自らが主演の映画「テルマエ・ロマエ」では第34回ヨコハマ映画祭の主演男優賞、第36回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞しています。
日本一ローマ人役が似合う俳優だがハーフではない。
189cmと身長が高すぎる為に、女優との身長差が30cmとなり、画面に収まりきれず次第にドラマの仕事が激減してしまう。
あの人は今で捜索対象となってしまった事で一念発起。
以後、どんな小さな役でもこなしてゆき、TRICK でコミカルな役を演じ、再ブレイク。
その後は数々の賞を受賞する人気俳優である。
ナオト・インティライミ 中央大学文学部卒業
ミュージシャンとして活躍している彼は、中央大学附属高等学校を経て中央大学文学部に入学します。
高校在学中からストリートライブをおこない、大学生のときになおと名義の「Growing up !!」でメジャーテビューをはたします。
その後、2003年から世界一周の旅に出て、帰国した2005年にからナオト・インティライミ名義で活動をしています。
柏レイソルのジュニアユースチームに所属していた経歴から、サッカー選手やサッカーの好きなミュージシャンとの交流もあります。
古谷 一行(ふるやいっこう) 中央大学法学部卒業
俳優として活躍している彼は、中央大学在学中に俳優座の研修生となります。
1977年には横溝正史シリーズなどで演じた金田一耕助役が当たり役となり、横溝正史からも役のイメージに一番ピッタリだと言われます。
CMや映画にも多数出演していますが、1979年に長男が誕生します。
長男である降谷建志は、Dragon Ashのボーカルとして活動していますが、映画ゲレンデがとけるほど恋したい。で俳優デビューしています。
星野 卓也(ほしのたくや) 中央大学文学部卒業
お笑いタレントとして活動している彼は、中央大学附属高等学校を経て中央大学文学部に入学します。
国語の教員免許を取得していますが、柳場敏郎に憧れて俳優の道を志します。
しかし、所属した事務所からお笑いの方が向いているのではないかと言われ、お笑いタレントとして2000年にデビューします。
ニッポン放送でパーソナリティを務めてからMCとしての仕事も多くなり、ニコニコ生放送では公式番組で年間200本のMCをこなしました。
生田竜聖(いくたりゅうせい) 中央大学法学部
2011年にフジテレビに入社したアナウンサー。
兄は、ジャニーズ事務所で様々なドラマで活躍している俳優の生田斗真さんです。
朝のフジテレビのめざましテレビで様々なコーナーを任されています。また、ノンストップも担当しています。
2012年に同じフジテレビの先輩アナウンサーである秋元優里さんと結婚しました。
女の子のパパとなりましたが、2016年に別居報道が出て、離婚協議となり、2018年4月に離婚となりました。
高木ブー(たかぎ ぶー) 中央大学経済学部卒業
本名は高木友之助(たかぎ とものすけ)
コメディアイン兼ミュージシャン(ウクレレ奏者・ギターリスト)。
ザ・ドリフターズの一員。
コントではいかりや長介とともに3人の雷様(黄緑色の雷様役)でボケをかましていた。
鋭い突っ込みを受けぼこぼこにされるという、見た目通りのおっとりとした高木だが、実はウクレレ&ハワイアンブームを巻き起こした人物でもある。
そんな高木の得意なことはどこでもすぐ寝れること。
長谷川博己(はせがわ ひろき) 中央大学文学部
2002年に初舞台BENTをした後、芸能事務所に入りドラマ出演をしました。
その後映画の重要脇役をこなすようになりました。
映画で有名なのはMOZUです。
もともと悪役で変わった性格で面白おかしく視聴者の目にとまりました。
映画やドラマに出演して30代、40代女性ファンを虜にしました。
毎回違う役柄で人気のあるドラマ映画に出演しています。身長は182センチで現在ヒラタオフィスに所属しています。
尾形 貴弘(おがた たかひろ) 中央大学文学部
お笑い芸人。
パンサーというトリオで活躍するお笑い芸人。
サッカーがとても得意で、スポーツ推薦で中央大学に入学し、大学時代の後輩には、川崎フロンターレで活躍する中村憲剛がいます。
中央大学時代は学生寮でサッカーに明け暮れていたそうです。
出演番組は主にバラエティー中心で、アメトークやロンドンハーツなど、ゴールデン番組で拝見することも多々あります。
プライベートでもサッカー繋がりで、ピースの又吉直樹と仲が良く、又吉さんがキャプテンを務めるチームに所属しているそうです。
加瀬 亮(かせ りょう) 中央大学商学部
俳優。
映画アウトレイジやテレビドラマSPECなど数多くのメディアに登場する実力派俳優である。
2007年には『それでもボクはやっていない』で優秀主演男優賞を獲得。父親の仕事の関連で、生後まもなくで渡米し、7年ほどアメリカのワシントン州で過ごしていたようです。
大学時代は、4年間ボードセイリング部に所属するなどスポーツも得意としています。
俳優浅野忠信に憧れ、浅野の所属事務所であるアノレに所属することとなった。
現在は2018年に個人事務所RYO KASE OFFICEを設立しています。
文化人の中央大学の著名な卒業生
新海 誠(しんかいまこと) 中央大学文学部文学科国文学専攻卒業
新海誠は日本のアニメーション作家、映画監督、小説家としての顔を持ちます。
2002年に初の劇場公開作品となる「ほしのこえ」を発表後、数々の作品を作ってきました。
中でも2016年公開の「君の名は。」では日本アニメーション作品のうち宮崎駿監督についで2人目となる、興行収入100億円を突破しました。
作品としても高く評価され映画賞を受賞した他、自身が執筆した原作本である「小説・君の名は。」もミリンオンセラーとなっています。
経歴は以下の通り。
1996年に大学を卒業しますが、在学中からゲーム会社でアルバイトをしはじめます。
2002年に初の劇場公開作品である「ほしのこえ」を発表しますが、この作品は新海がほぼ一人で作業をおこなって製作したもので、第1回新世紀東京国際アニメフェア21公募部門で優秀賞を受賞します。
2016年発表の「君の名は。」は海外でも公開されるほどの人気作になる。
西村 博之(にしむら ひろゆき) 中央大学文学部教育学科心理学コース卒業
実業家。一年の浪人生活を経て中央大学に進学し、大学在学中に海外の大規模掲示板を真似て2ちゃんねるを開設しました。
その後2ちゃんねるの管理人となり、日本に電子掲示板を流行らせます。
地頭がよく、議論をするテレビ番組などに出演しており、他の出演者を論破することでも有名です。
論破する様子が動画サイトにアップされていて、彼自身もニコニコ動画で動画を配信しています。現在は企業の経営をしながらフランスで暮らしています。
秋元 康(あきもと やすし) 中央大学文学部
多くのアイドルなどを手掛ける音楽プロデューサー。
妻は元アイドルでおニャン子クラブの高井麻巳子。
アイドルではAKB48を日本のトップにしたのはこの方がいたからです。
プロデューサーとしてほぼすべての楽曲の作詞をし、番組の企画、構成なども手掛けています。
その他、美空ひばりさんの川の流れのようにの作詞も手掛けています。
作詞家として、4000曲以上を世の中に送り出しています。有名曲は数を上げればきりがない程、存在します。
これからも彼の手掛ける曲に目が離せません。
上川隆也(かみかわ たかや) 中央大学経済学部
現在ゼロライトイヤーズ所属です。
1989年劇団キャラメルボックスに入団しました。
その後NHKドラマ 大地の子に出演しました。
ドラマ、バラエティなどに出演して有名な俳優にのぼりつめてきました。
ドラマの花ざかりの君たちへでは女性を嫌う先生役をこなし徐々に認知度が高くなりました。
毎回いろんな役柄で出演しているので俳優として認められてテレビで見る機会も増えてきました。ぐるナイでは食べる姿など見られファンが増えました。
志茂田景樹(しもだかげき) 中央大学法学部卒業
小説家・タレント。
小説家としても「黄色い牙」で直木賞を受賞するなど一定の評価を得ています。
その奇抜な服装と歯に衣着せぬ物言いで、コメンテーターやタレントとしてメディアに出演することも多い。
大学卒業後は、法律事務所やその他の職を転々としていました。
小説を書くなら人物を中心に書いてみると青葉椅子をもらい、1976年に「やっとこ探偵」で小説現代新人賞にを受賞しました。
現在は不登校の子への支援活動も行っており、奇抜な見た目と裏腹に、社会問題と取り組む真摯な人柄がうかがえます。
大渕愛子(おおぶちあいこ) 中央大学法学部
東京出身で中央大学在学中に旧司法試験に合格。
2010年に独立して現在アムール法律事務所代表弁護士です。
以前は行列のできる法律相談所にレギュラー出演していて人気がありました。
ゆるキャラふなっしーが大好きでグッズを沢山持っています。
金山一彦と再婚して現在は子供がいます。以前からテレビ出演もしていてレギュラー番組を持っていたり格付け番組に出たりと色んな番組に出ていました。
現在41歳で子供がまだ小さいので手がかかっています。
植田 まさし(うえだ まさし) 中央大学文学部
漫画家。
1974年 5月27日 東京都世田谷区 生まれ
三人兄弟の末っ子として、サラリーマン家庭に生まれ育つ。
ラグビー部だった高校時代のハードすぎる練習のために体調を崩し、入院。
その入院中に自身の人生を見つめ直し、自分一人でできる仕事として、“カメラマン”を志すが断念。
大学卒業後にいたずらで描いた絵が評判だったことがきっかけで漫画家を目指す。
1971年、芳文社より『衝撃マンガ2題』でデビュー。
1982年、読売新聞朝刊にて4コマ漫画『コボちゃん』連載スタート。
その後テレビでもアニメ化され、連載35年を超えた今でも日本を代表するマンガの一つである。
スポーツ選手の中央大学の著名な卒業生
阿部慎之助(あべしんのすけ) 中央大学卒業
読売ジャイアンツ所属のプロ野球選手で、プロ入りをしたのは2000年です。
WBCには2009年と2013年に出場、オリンピックにも2000年と2008年に出場しているベテラン選手です。
入団当初から多くの試合に出場し経験を積み、新人捕手としては2人目となるシーズン2桁本塁打を達成しました。
2002年には127試合に出場、ベストナインとゴールデングラブ賞を獲得し、2004年には開幕33試合目での20本塁打を記録し世界記録となりました。
怪我や故障を繰り返しながらも2007年以降チームの主将として活躍しています。
豪風 旭 中央大学法学部卒業
2018年現在、大相撲の世界では、安美錦関に次いで2番目に高齢の関取です。
さらに、学生相撲出身者としては、歴代1位の幕内出場回数の記録も持っている凄いお相撲さんです。
テレビ番組やTwitterなどでは、度々お茶目な姿を披露していますが、巡業先でもジムを探して筋トレに励むなど、真面目でストイックな力士です。
39歳とは思えない体と身のこなしで、若手力士が台頭してきているなかでも、ベテランとして土俵を沸かせている人気力士です。
穴吹 義雄 (あなぶき よしお) 中央大学経済学部
1933年5月6日香川県高松市生まれ。
香川・高松高校を卒業後、中央大学経済学部へ入学。
学生時代の活躍ぶりから複数球団による争奪円の末、1955年に南海ホークスに入団。
三塁手として活躍した後、外野手に転向。
1959年のリーグ優勝に大きく貢献し、チームを日本一へと導く。1968年に現役引退。
晩年は少年野球の指導に力を注いでいたが、2006年頃から脳梗塞などを患う。
2018年7月31日 敗血症の為、大阪にて死去。享年85歳。
田中雅美(たなかまさみ) 中央大学法学部卒業
元水泳選手。アトランタ・シドニー五輪水泳代表選手。
専門種目は200メートル平泳ぎ。
1996年のアトランタオリンピックでは成績は13位など、振るわなかった。2000年シドニーオリンピックでは個人種目は惜しくも4位だったが、メドレーリレーで銅メダルをとった。
1992年にバルセロナオリンピックで中学生で金メダルを取った岩崎恭子とは同級生で良きライバルでもあった。
今でも親友として交流がある。
引退後は、情報番組のスポーツコメンテーターとして活躍している。
政治・経済界の中央大学の著名な卒業生
桝本 頼兼(ますもと よりかね) 中央大学法学部卒業
政治家。
1941年、1月29日 満州国にて生まれる。
1945年、終戦後の日本へと帰国。現在の京丹後市あたる久美浜町と京都市で幼少期を過ごす。
1963年、中央大学法学部を卒業。京都市教育委員会で教育長などのの勤務を経て、
1996年、京都市市長に就任。教育長としての経験から、市立の学校・幼稚園全316校への
訪問を行うなど、教育行政の推進活動に大いに貢献する。旭日中綬賞を受賞。
2008年、3期12年の任期を経て、市長を引退。
若狭勝(わかさ まさる) 中央大学法学部卒業
弁護士で元政治家。
元衆議院議員(2期)を務めました。
小池百合子東京都知事を代表とする新党「希望の党」設立の結党メンバーです。
元検事でもあります。
東京地検特捜部副部長や東京高検検事、東京地検公安部長を歴任されました。
日本ファーストの会代表、輝照塾をしてましたが現在閉塾してます。
弁護士法人若狭・高橋法律事務所代表で議員としての政治活動はされてません。
現在は、政党関連の活動と弁護士の活動をされてます。
その他の中央大学の著名な卒業生
あやまん監督(あやまんかんとく) 中央大学総合政策学部
ぽいぽいぽいぽぽいぽいぽぴ~でおなじみの下ネタ炸裂3人組。
あやまんJAPANの設立者。
きっかけは2009年頃、当時群馬県在住のあやまん監督が東京でのイベントコンパニオンの仕事帰りに先輩たちと夜通し飲み会をしていた際に、先輩たちの下ネタを交えた過激な盛り上がりに影響され、自ら友人を誘って六本木で夜な夜な飲み会を渡り歩くようになり、それがきっかけでグループが結成された。
現在では過去のブームは去りメディアには出なくなったが、youtubreとしてデビュー。
飲み会や宴会で下ネタを交えたパフォーマンスを行う女性のエンターテインメント集団。
またあやまんJAPAN株式会社の社長でもある。